2022-08-02 日記 8日目「0秒思考」
うちの会社には「触れてほしいコンテンツリスト」なるものがある。
中身はたいていビジネス書である。
僕はこれまでビジネス書は読んだことがなかった。無職でビジネスなんてしていなかったからな。
しかし会社に入ってオフィスワークや会議が必要になる仕事に就くとなると、やはりこのあたりも勉強しなければならないのだろうなと感じている。
無職の頃の僕が聞いたら蕁麻疹が出ていたかもしれない。意識が高いものは今でも全般的に冷めた目で見てしまう。
とは言え、上司からおすすめされたものは見てみないと。男は度胸…
今日調べたのは0秒思考という本だ。
昨今は動画で内容をまとめてくれているチャンネルがあるから上澄みだけでも取り入れることができるのはとてもありがたい。いい時代だ。
内容をざっくりまとめると、
- A4用紙にタイトルとそれに関しての内容を6行くらい書く
- これを一分以内にやる
とのこと。
目的としては脳を高速で回す練習と、脳内の整理らしい。
・・・あれ?俺が始めた日記と同じような目的だ。
もしそっちのほうが実践的なら、そっちの方に切り替えたほうが良いのではないかと思えてきた。
0秒思考のまとめ方は、どうやら手書きである必要があるようで、PCで打ち込むのは駄目らしい。
まあ何となく分かる。手書きのほうがまとまりそうな気はするしな。
・・・
よし!明日からは日記をやめてA4用紙に書くことにしよう!
2022-08-02 日記 6日目「日記とは出来事と感情をまとめるもの」
日記の方法をまとめると言って1日空いてしまった。
正しい日記の書き方とは、その日にあった「出来事」と「感情」をまとめるといいらしい。
自分が何に対しどのような感情を抱いたか。これを振り返ることで、嫌なことならば避けることができるし、良いことならば集めることができる。
嫌だと思ったことでも自信の成長につながると感じたものには頑張って向き合おうとも思える。
日常のありがたみを知るという意味でも良い習慣なのだろう。
なるほど。これからそうしてみよう。
2022-07-31 日記 6日目「日記とは」
思えば日記と言いつつ、今まで書いているのってその時に思っていることをただかいているようなだけな気がする。
日記ってその日を振り返って、良かったこととか悪かったことを上げて、日々を改善していくのが目的な気が。
…いや翌々考えてみると、「日記は良いものらしい」と聞いて始めただけで、なんで良いのかちゃんと理解していなかったな。
今日はめんどいので明日見よう。
日記のメリットは明日まとめるとして、今日あったことを振り返ろう。
今日はなんとも、めちゃくちゃ堕落した日だった。
なんの成長にもつながらない、何も考えずに無駄に過ごした一日。
さながら豪遊後のカイジのような気持ち。
やってしまった…あるのは後悔。それを細分化すると大部分は怒り。
何に対して?こんな日を送ってしまった自分に対して怒っているのか?
そうであればなんと立派だったことか。実際は自分ではないなにかに責任転嫁して怒っている。
物に当たりたい気分。無駄に大きな音を立てて行動したい気分。
交感神経が高ぶり、じっとしていられない。
そこで筋トレである。
僕は週2~4の筋トレの習慣をもう5年は続けている。
運動に対しての面倒だと思う気持ちはない。
僕はその怒りをスクワットにぶつけ、感情を鎮めることに成功した。
不思議なことに、筋トレをめちゃ頑張ったので今日一日の怠惰な生活がチャラになった気さえしている。
これがジョギングだとこうは行かないだろう。
必要なのは怒りをぶつける先。走りを目一杯やったところで、そこに抵抗はわずかにしかそんざいしない。
暖簾に腕押し。
必要なのは抵抗と、それを押しのける実感だ。
今後も続けていこう。
2022-07-28 日記 5日目「目的」
何事も目的を明確にしないとモチベーションが上がらない。
仕事でもそうだし人生についてもそうかもしれない。
だが残念なことに生きることには基本意味や目的はないので
人は生きるモチベーションを失っていくのだなぁ。
無理にでも目的をでっち上げてしまうか
あるいは家族を作るのが最も楽な目的生成なのだろう。
2022-07-28 日記 4日目「面倒」
自発的に動かない人を気にかけるのはひどく疲れを感じる。
僕は体育会系が好きだ。わかりやすくてシンプルで強い。
だが今の職場でそれを求めるのは厳しそうだ。
2022-07-27 日記 3日目「忘れてた」
昨日は三日目にしてすでに日記をかくの忘れてしまった。三日坊主にもなれていない。
だが日付的には飛び越していないのでノーカンとも言える。
まあ重要なのはテキトウになることだ。毎日欠かさず絶対野郎などとは思わない。
[絵作り]
「絵を良くする」とはいわゆる 「重要であるか緊急であるかの座標平面」における「緊急じゃないけど(めちゃめちゃ)重要」にあるものだ。 だから時間的に切羽詰まってたりとかするとそこに手が入れられず、全体のバランスが悪い絵が出来上がることになる。
ただし抽象的でクリエイティブな仕事って何が緊急か重要かのカテゴライズがひどく難しい。
画作りだって最終的なことを考えればいつかやらなければいけないことである種緊急度が高いときもある。
だが緊急度が高くなったときにはもう手を付けるのは遅かったり。
2022-07-26 日記 2日目「制作意欲よりも研究意欲」
日記といえタイトルは付けたほうがわかりやすいと感じたのでつける。しんどいときはつけない。
僕はクリエイターとしてなんとか仕事をしているが、もともとクリエイター器質ではない。絵とかほとんど書いたことないし。
なのでもとより制作意欲というのが人よりもないと感じる。
ただ最近気づいたのは、研究意欲はあるのかもしれない。
例えばあの映画のあの表現をしてみたい、どうやってやるんだろう、とか考えてつくるというのはいいかも。
今の仕事でもそのあたりをまさに求められているので、その目的でなにか作ってみようと思う。