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天国へ行く為に。

天国は死ぬことと見つけたり。

手記

資格の試験も終わり、投薬ボランティアの入院期間も終わり、遂に僕は完全なるニートとなった。

学校を卒業した時点で普通にニートなのだが、本当に何もやることがなくなったのでもはや言い訳はできない。

気づけば大学を卒業して早三ヶ月が経とうとしている。

 

今日の昼にはテレビでニートについて議論がなされていた。

タイトルには…たしか「怒れるニート」と書いてあったかな、現役ニート坂上忍が口角泡を飛ばしていた。

あまりちゃんと見ていなかったので内容はあまり覚えていない。

 

そして同じくニートである僕はと言うと、怒りは特に無い。

確かに既卒という立場になって、新卒が世間ではかなり優遇されているということを実感した。

そのせいで「計画留年」という歪な撤退を行う就活生もいるし、その制度、風潮は正しくはないと思う。

 

しかしそれに対して怒りは抱かなかった。

なんというか、「社会はおかしくて当たり前」という妙な諦めがある。

そして勝てる奴というのは、その可怪しさを甘んじて受け入れる人間なのだ。

勝てば官軍負ければ賊軍。

ルールがおかしいのだから俺が負けたのはノーカウント、というのはあまりにもつまらない話だ。

正悪は勝敗で決まる。

これは僕の根底の価値観だ。

 

そして、僕も敗者の一員である……

 

 

 

 

 

あくまで就活に於いての敗者、だが。

 

 

____________________________________

 

 

これから本格的に就活を始めなければならないということは、自分が何故このような立場にいるのかキチンと説明できなければならない。

この記事は、その整理をすることが目的だ。

 

では、少し自分の脳を探ってみよう。

 

 

 

◆一生懸命働ければそれでいいと思っていたあの頃

 

僕は学生時ホームセンターで働いていた。

その時社員さんに就職についての話をしたんだ。

 

社員「死に起きくん、どこの業界行くとか決めてるの?」

 僕「いやぁ、特に決めていなくって。どこでも一生懸命働くことが出来ればそれで。…だからここで働かせてもらうのもいいと思ってます」

社員「ホント!?それなら嬉しいね」

 

 そこの職場は今までの職場よりも圧倒的に人が良かった。

しかし別段やりがいがあったわけでもないし、最後の方はマンネリ化していて僕も密かにモチベーションを落としていた所もある。

特別商品の知識があるわけでもなく、就活サイトの内定者のコメントのように何かに感動してそこで働こうと決心したわけでもない。

あの頃の僕は、ただ一生懸命になれればそれで良いと思っていた。

 

しかし今はそう思わなくなった。

きっかけは、間違いなく大学の部活。

 

 

 

◆ 一生懸命なだけでは絶対に勝てない人間がいる

 

僕はスポーツが嫌いだ。勝利欲求もそうない。

部活の練習は中学も高校も大学も嫌いだった。

根っから怠惰な僕は、とにかく何かを頑張るというのが苦手で、出来ないことを責められるのは本当に嫌だった。僕自身も出来ないことを許せなかった。

 

それでも部活にはいった以上、一生懸命やらなければという責任感は抱いていたので、それなりに頑張った…のだと思う。

最後の方自身がないのは、「どれだけ頑張れば『頑張った』と認めて良いのだろう」という疑問のせいである。

他の部活の奴らのほうが頑張ったんじゃないのか、そもそも結果が残せてない時点で頑張ったとは言えないのではないか、血反吐吐くほどやったかといえば明らかに嘘だ。

もしかしたらこれは頑張った内に入らないのだろうか。数値化出来ないものに関してはどう判断すれば良いのかわからない。

 

ともかく、僕は少しくらいは頑張ったが、あまり上手くなることが出来なかった。

 

しかし、メキメキと成長する人間が居ることも知った。

他校の生徒で、僕と同じく大学からバレーボールを始めた子は「バレーが本当に楽しい

」と言ってのけ、苦しい練習にも当たり前のようについていったという。

 

この時思い知ったのだ。

「苦しむ人間は、絶対に楽しむ人間につことは出来ない」のだと。

ごく当たり前の話だ。気付くのが遅すぎたくらいだ。

 

 

 そして、それは仕事に対しても同様であり、仕事に対してプロ意識を持てないでいて、果たしてそれでいいのかという疑問が出たことが、就職を決めなかった理由の1つである。

 

 

 

◆その仕事を選んで、だからどうなの?

 

就活中色んな企業の説明会に赴いて、ここで働けばこういう風になれるということを何回と聞いた。

 

聞いて、聞いて、聞いて、聞いて、ある日ぱっと思った。

 

「だから、なんなの?」

 

そう言ってしまえば身も蓋もないことなのだが、思ったのなら仕方がない。

プログラミングができるから、だからなんなの?

コミュニケーション能力が上がる、だからなんなの?

安定した職で道路作る仕事をする、だからなんなの?

お酒の資格をとることが出来る、だからなんなの?

社会に貢献することが出来る、だからなんなの?

 

端的に言おう。

つまるところ、僕はなんの為に生きているの?

その仕事は僕の人生を捧げるに値するものなの?

それをするために生きるの?

お客様のありがとうを糧に生きていくの?

僕はそのために生まれてきたの?

 

圧倒的上から目線の青臭い疑問が頭について離れない。

しかしこれを青臭いというのならば、かの森鴎外も青臭いということになる。

 

森鴎外は東大医学部卒で、陸軍の軍医総監(中将クラス)にまで登りつめたのに、それでもその仕事に対して自分の人生を捧げることに疑問を抱いていた。

 

僕とは圧倒的に能力も経験もすべてがかけ離れているが、ともかく考える方向は一緒だ。

 

学校は、環境が違えど自由度が高いので自分がやろうとすれば色々出来るところだが、仕事に関しては違う。

これを決めることは人生を決めることと同義であり、それをすぐに決めるということは僕には出来なかった。

 

結局僕が人生を捧げることを決心できる仕事が見つからなかったのだ。

 

 

 

 

◆結局駄々こねてるのと変わらない

 

これを読んで説教したくなっただろう。

 

「自分がやりたいことだけできるわけじゃねぇ!」

イヤダイヤダで世の中渡っていけねぇぞ!」

「社会舐めんじゃねぇ!」

 

ウム、完全なる正論。ぐうの音も出ない。

だが私は謝らない。

 

親のスネかじっているのだって情けない。

だが私は謝らない。

 

僕は一切後悔はしていない。まあもしかしたらこの後後悔するかもしれないが。

完全に停滞しているし、反論する気はない。

だが私は謝らない!

 

 

だって納得出来ないんだもん!納得したいんだもん!

高望みはしてないし、絶対的に納得できるものがほしいとも思ってないよ!

 

ちなみに働きたくないとは微塵も思ってねぇよ!

お金欲しいし、ていうか稼がなきゃ死んじゃうし、死んでもいいけど、でももう少しだけ生きるっていう選択肢は取り敢えず選んだから、もう僕は四の五の言わず命かけてやるしかないんだよ!

 

就活頑張ります!!

 

 

ここまで読んでくださった方、本当にありがとうございました。