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天国へ行く為に。

天国は死ぬことと見つけたり。

生きる意味を問うことそれ自体が間違っているのだ

「なぜ働かなくてはならないのか」

 

この問が頭から離れなかったのは就活中のことだ。

この問を友人に投げかければ次のような答えが帰ってくる。

 

「生きるために働くのは当たり前だろう」

 

分かっている。そんなことは分かっている。

正論だ。当然の返答だ。ぐうの音も出ない。

でも僕が言いたいのはそういうことじゃない。

そう言われたならこう返さざるをえない。

 

「じゃあ、なんの為に生きるのか?」

 

こうなると今度は相手が何も言えなくなる。

「人それぞれ」だとか当たり前で何の意味もないことを言うニンゲンもいる。

「恋人が出来ればわかるよ」とか上から目線で語るニンゲンもいる。

意味のない正論には何も言い返すことが出来ない。

 

しかし僕がこの質問をして、一番多かった答えがこれだ。

 

 

「そんなこと、考えたこともない。」

 

 

そんな馬鹿な話があるかと思った。

生きる意味を考えないのに生きているって、まるでわからない。

「そんなこと、わからないよ」なら僕も救われた。僕もわからないからだ。

でも「考えたことがない」はとてもショックだった。

 

何事にも意味を持たせようとするのは無粋だ。

別に意味がなくてもそれにのめり込むことはいくらでもある。

ただ、自分の人生について考えないのはわからなかった。

その一瞬、そいつがロボットのように見えてしまった。

 

 

 

・・・・・・

 

 

 

この問をしていくに連れ、僕の頭に嫌な考えが出てきた。

 

 

「僕のほうが、間違っている」

 

 

大多数のニンゲンは自分の人生の意味など問おうとしない。

生まれたから、生きる。

生きるために、仕事をしなければならない。

つまり僕たちは、仕事をするために生まれてきた。

 

普通に考えれば当たり前のことだった。

この世に生まれて仕事を一切しない人間などそうそう存在しない。

死と同様に避けられないものだ。

 

そうだ。それが普通だった。

自分たちの人生の意味など考えず、だから仕事をする意味など考えず、だから死ぬ意味など考えない。

もしくは、考えないようにしている。気付かないように目をそらしているのかもしれない。

何故ならそんなことを考えてはいろんなことが手につかなくなるからだ。

僕がその証拠だ。就活中にその意味を考えだしてから全てにやる気が無くなってしまった。

 

だから、体と頭を忙しくして、考えないようにする。

考える余裕が無いように自分を追い込む。

僕が友人に投げた質問は、もしかしたら人間にとってのタブーだったのではないか。

「バカ!そんなこと考えるんじゃない!」

そんなふうに思われていたのではないかという、ちょっとおもしろい妄想が思い浮かんだ。

 

 

 

・・・・・・・

 

 

 

ならば、意味を考えず働くしか無い。

もうそれしかない。

何故働くのか?と聞かれたら、「働くため」と言えるようにならなければならない。

 

僕にもニンゲンの仲間入りを果たす時が来る。

 

「狂い」のすすめ (集英社新書)

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