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天国へ行く為に。

天国は死ぬことと見つけたり。

同窓会で復讐を果たす漫画について思考する

こんにちは、最近時間の感覚が歪んできた死に起きです。

大学に入って四年経とうとしてるんですけど、四年ってこんなしょうもない感じでしたっけ。

 

さて、先日トゥゲッターを見ていたらこんなまとめがありました。

 

togetter.com

 

とりあえず漫画の内容だけ覗いてみてください。短いので。

 

簡単に内容をまとめると、

「学生時代虐められていた子が社会人になって同窓会に行き、幸せな自分をいじめっこに見せつけることで復讐を果たす」

というもの。

 

まとめ内の反応をみると「スッキリした」「ざまあみろ」「私もこうなりたい」「いい話」「深い」など。

まあその下のコメント欄では批判的なコメントばかり書いてありますが。

 

これに対し、こんなまとめも有りました。

togetter.com

 

まとめ主さんの主張は以下の通りです。

・必要以上に「美談」としたり「こうなりたい」とつぶやく人に疑問を生じた

・主人公を賛美している人は、根っこは加害者になりうる存在

・これはただの復讐劇であり、悲しくも主人公は憎む相手と同じ存在になってしまった

・復讐という薄汚れた感情から主人公は脱せていない

 

 

 ふむふむ…やはり復讐は良くないと。

 

さて、皆さんはどう思ったでしょうか。

やられたらやり返すのが普通?それでも復讐などいけない?

 

僕がこの漫画を見て思ったことは、「現実味ないなぁ…」なんです。

 

 

 まずは漫画に対しての僕の意見を書きますね。

 

 

◆同窓会で一気に人気になった不自然さ

 

同窓会で主人公が人気になっているコマ、見てください。

吹き出しがちょっと隠れてますが、恐らく「え?川中?」「スゴイ変わった」「可愛い」「羨ましい」「マジかよ」でしょう。

つまり、綺麗になったことに対して、皆の人気者になったんです。

 

ですが、そもそも彼女がいじめっこの標的になった理由ってなんでしたっけ?

「何かってw顔がキモいからだよ」

二次元なので普通に可愛く見えますが、恐らく作者の方もあまり可愛くないように描いていると思います。

そう、元々不細工だったんですよ。主人公は。

 

人の外見って、ほぼ生まれつきで決定するところがあります。誰しもそれは経験済みでしょう。

僕はイケメンですが、神木隆之介くんや福士蒼汰くんに勝てるかといえば残念ながら無理な話です。もちろん肩書抜きの顔面だけの話です。

ちなみに体型は別です。あ、おっぱいの大きさとかだと一気にハードル上がりますが、むかし太ってた人が痩せて綺麗になったみたいのはある程度の努力でどうにでもなります。

 

そんな運命で決まっているとも言える外見で、主人公は不細工から美女に大逆転したのです。

化粧とかそんな話じゃないでしょう、他の人も化粧で綺麗になっているんですから。

それ以上に人の目を惹きつけるほどの美女になる。

う~む、現実的とは言い難い。

 

これがもし職業とかだったらまだ…まだ現実味がありました(「まだ」と強調した理由は後述)。

いじめっこを見返してやろうと…強くなろうと決心し、勉強を頑張り、いい大学に入る。コミュニケーション能力をつけようと向いてもいない部活に入ったかもしれません。厳しい練習に耐え、心身ともに強くなったかもしれません。その経験を活かして就職活動に勝利し、優良大企業に就職。そこでいい人と出会って結婚したかも知れません(同窓会に呼ばれたのがどの時期か明記されてはいませんが)。

そうして幸せになり「ざまあみろ」と言ったのなら、『ああ、これはトラウマを乗り越え努力すれば報われるぞということを教えてくれる漫画なんだな』と思えます。

 

が、やはり外見で綺麗になるというのは中々…整形でもしたのでしょうか。

 

 

 

◆相手が不幸になった前提の復讐

 

これ、もしいじめっ子の方も同じく幸せになってたらどうなってたんでしょうね。

例えば、いじめっこは妊娠で高校中退して男にも逃げられましたが、それでもいじめっこが不幸になっているとは限りませんよね。

他にいい男を見つけたかもしれません。見つけなくとも、安い賃金で働きながらも小さな幸せを積み重ねて生活しているかもしれません。忙しいけど、小さいことなど気にせずいじめた記憶を恥と思っているかもしれません。

・・・まあ性格悪い人間がそう改善されるのかはわかりませんが。

ともかく、幸せになっている確率は少なからずあります。0ではない。

 

そんないじめっこを見た主人公は、心の底から「ざまあみろ」って言えるんですかね?

なんとか言ったものの、相手はどうにも思わなかったりしたら、復讐になってませんよね?

 

もっと言えば、設定無視していじめっこが中退せずに大学行って幸せな人生を歩んでいるとします。

そうなったら主人公は復讐のしようがないじゃないですか!!!

この漫画を見た反応で「私もこうなりたい」って言っている人がいましたが、相手が不幸な前提で言っているのか?

だとしたら丑の刻参りから始めましょう。ってそれ自体がもう復讐じゃないか!

 

 

◆大抵はいじめっ子が勝つ

 

現実的ではないいと思う理由を上に二つ書きましたが、一番僕がいいたいのはここです。

漫画の初めを見ると分かりますが、いじめっ子はスクールカーストの最上位にいますね。まあリアルでもいじめっ子ってカースト上位なんですが。

美人で、勉強ができる。

そして影響力を持つ彼女は、コミュニケーション能力も申し分ないと読み取れます。

いじめっ子は「学校」という小さな社会の中で大きな力を持つ、間違いなく有能な人間です。

小さな社会で成功を収めた人間は、大きな社会でも成功します。

少なくとも、失敗したいじめられっ子よりは。

 

誰しも、憎い人間には不幸になってもらいたいと願うものですが…現実にそうならないことは稀ではありません。

たまに、「ああいうやつは何処かで痛い目を見るから大丈夫だ」という言葉を聞きます。

僕はこの言葉が頗る嫌いです。

なぜなら、痛い目に合わせるのを「何処か」に丸投げしているからです。

しかもなんの根拠もありませんよね。ただの気休めです。いや、痛い目を見ると思ってたら逆に幸せになっていたって裏切られた分…質が悪い。

 

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最も現実味がないのは

「弱者が強者に勝つという事実そのもの」

まあこれはあまり言わないほうがいいかもしれませんがね… 

 

 

◆復讐は良くない?

ここからは漫画そのものでなく、それを美談とする人たちへの意見です。

まあでも少なくとも、美談ではないよね、間違いなく。

これを美談って言っちゃ駄目でしょ。子供に喜々として見せる漫画じゃないもの。

 

 この漫画をもし美談とするなら、

「いじめの経験を乗り越え努力して幸せになった主人公。同窓会に参加しいじめっ子と再会したが、主人公はすでにいじめられたことなど忘れ、二人仲良く酒宴を楽しみましたとさ、チャンチャン」

って感じかな。

 

ただ復讐が駄目かと言うと、それはそれで僕は違うと思うのさ。

復讐討論になるといつも出てくる、エルメェスの素晴らしい一言をどうぞ。

 

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エルメェスジョジョの奇妙な冒険第6部に登場するキャラです。

言葉の通り彼女はたった一人の姉を殺されており、その犯人を復讐します。

このコマの後、エルメェスは力強く言います。

 

「復讐」とは、自分の運命への決着をつけるためにあるッ!

 

この言葉の通り、エルメェスは復讐を遂げ、徐倫と共に前に進み始めました。

もし、彼女に「復讐は良くない」と言って辞めさせたらどうなったでしょう。

恐らく心にわだかまりが残ったまま不幸に生きたのではないかと思います。

 

 

 

◆「いじめられっ子の復讐」と「エルメェスの復讐」の決定的違い

 

今この記事書きながら気付きました。

 この主人公、中学時代から復讐を目的としていたわけではなく、同窓会の誘いが来た時に思いついたんですね。不覚。

 

もし主人公が復讐を目的に生きてきたのなら、僕はその復讐を肯定します。

なぜなら前に進むエネルギーとなったからです。

臥薪嘗胆という言葉がありますね。

呉王闔閭の後継者、夫差が苦い肝を舐めたり真希の上に寝ることで復讐心を忘れず努力することから生まれました。

復讐というものは後味の良くないものを残すかもしれません。

しかし、その気持を利用し前に進むことが出来なたら、復讐心もなく怠けているよりマシではないでしょうか。大分大分マシですよ。

 

以前僕はこんな記事を書きました。

 

go-to-heaven.hatenadiary.com

 

人間は目的があって生まれてくるわけではありません。

目的を探して生きているともいえます。

 

そんな中で復讐は、紛うこと無き人生の目的となります。

僕はね、人生に目的があることはこの世の何より素晴らしいと思っているんだ。

それが例え、復讐のという黒いものだったとしても。

 

 

 

 

 

 

 

 

・・・が。

 

僕さっきなんて書きました?

 

 「この主人公、中学時代から復讐を目的としていたわけではなく、同窓会の誘いが来た時に思いついたんですね。」

 

この主人公、復讐目的で前に進んだわけではない。

つまり、同窓会の誘いが来るまで、いじめっ子のことなんて完全に忘れてたんですよ。

Togetterで漫画の反応を批判している人の主張は「復讐という薄汚れた感情から主人公は脱せていない」とのことでしたが、実は脱せていた。もとより。

しかし誘いの手紙が来たことで、復讐心が芽生えた。

 

・・・・これ復讐というよりただの嫌味でしょ。

 

主人公にとっていじめの出来事は忘れられるようなものだった。取るに足らないものだったわけで、そこで「ざまあみろ」と言った所でなんにも意味が無い。

意味が無いのに、心のプライドがそうさせてしまった。

 

この復讐とエルメェスの復讐とは全くものが違います。

 

 

エルメェスの復讐は、正に人生を捧げるものだった。

復讐のために生き、そのために牢獄に入り、相手を探り、遂にはやり遂げた。

その御蔭でエルメェスはさらに前に進むことが出来、6部のメインキャラクターとして大いに活躍した。

 

いじめられっ子の復讐は何もそのために努力したわけでもなく、突発的な感情で人を見下して終わった。彼女は前に進むどころか後ろに下がってしまった。

 

確かに、この復讐は褒められるべきものではないな。

 

 

◆終わりに

 

以上が、僕の意見でした。

復讐は復讐でも、崇高なものと下劣なものがある。

皆さんも復讐するときは、エルメェスのように前に進める復讐をしましょうね。